「毛利元就 誓いの三矢」の攻略はこちらで

第一話 「若鷲の初陣」

物語

1516年(永正13年)安芸国・吉田の近郊。当時、吉田郡山城を拠点とする毛利氏(当主・毛利興元)と五龍城に拠る宍戸氏(当主・宍戸元源)は、熾烈な勢力争いを演じていました。

 

毛利元就,毛利隆元,吉川元春,小早川隆景,毛利輝元

 

その戦場の一つに死体の山が築かれています。

 

兵士・甲 「この戦い、長引けば長引くほど死体の山が増えるだけだ」
兵士・乙 「いつか俺たちもこんな姿になっちまうのか」

 

などという会話からもわかるように、雑兵たちの間には厭戦ムードが蔓延中。

 

毛利本陣では、福原広俊をはじめとする家臣たちが撤退を勧めるのに対して、当主・毛利興元は一人継戦を主張します。

 

毛利興元 「うぬぅ…ならば自ら出陣するまで! どかぬか、福原!」
福原広俊 「殿、お気を静めなさいませ!」
毛利興元 「ええい、どけと……」

 

激昂のあまり(?)陣中でぶっ倒れ、そのまま病床についてしまいました。

 

「興元倒れる」の報は、たちまち敵方の宍戸や、遠く出雲国・月山富田城にある尼子氏のもとまで届きました。

 

亀井秀綱 「経久様、いかがいたしましょうか?」
尼子経久 「我が軍が動くこともあるまい。武田元繁に任せい」

 

不気味なひと言です。

 

さて、興元の病状が悪化するにつれ、吉田郡山城では後継者擁立の動きが表面でも裏でも活発化してきます。

 

「当主・幸松丸、後見人・元就」というまっとうな主張をしているのは福原広俊・志道広良らのライン。言うならば主流派ですね。一方の反主流派には坂広秀・桂広澄・渡辺勝が名を連ね、こちらは興元・元就の異母弟・相合元綱を当主に推しています。さらに、元綱の母・相合の方は…

 

相合の方 「坂殿、尼子への使者の件、引き受けてはくれませぬか?」
坂広秀 「今のうちに後ろ盾を作られるおつもりですな」
相合の方 「我が息子・元綱を当主に据えるには、またとない絶好の機会。元綱の後押しのことを経久殿に取り次いでいただきたいと、亀井殿にお伝え願いたいのです」

 

そうこうするうちに、ついに興元はお亡くなりになりました(9月21日)。

 

さっそく、旧安芸国守護・武田元繁が動きます。

 

武田元繁 「よし、熊谷・香川・己斐、出陣じゃ! 吉川の有田城を攻め落とす!」

 

一方、毛利家の後継者について、元就は重臣を集めて宣言します。

 

毛利元就 「新たな当主は幸松丸様とする。後見人には、私と元綱のふたりが付き、幼い幸松丸様を補佐していく」

 

毛利元就,毛利隆元,吉川元春,小早川隆景,毛利輝元

 

実際には、後見についたのは元就と幸松丸の母(=興元の正室)方の祖父・高橋久光でしたが、国衆の実力としては高橋家のほうが格上だったため、元就の出る幕はあまりなかったようです。ま、いずれ高橋家も元就によって滅ぼされることになりますが。

 

その直後、武田元繁が有田城に攻め入ったとの報せが……元就、21歳の初陣です(1517年2月)。史実では「有田中井手の戦い」、通称「有田合戦」は1517年(永正14年)2月に起こりました。

 

イベント&アイテム

演習場で
  • 合戦前に元就のレベルを4まで上げておく。
寺院で
  • 女の子から金100・古鉄・砂鉄を入手。
  • 老人に話しかけて、おみくじをひく。結果によって運気が+2〜-2の変化。
市で
  • 薬師から仏丸薬・鉄鎖を入手。
  • 町民女が「国瓦長高」と名が刻まれた箱を拾うので、[自分で届ける]を選択して酒場へ。
  • 入口に近い町民男に話しかけた直後、「猪垣三郎太」が走って逃げてくるので[かくまう]を選択して、雇う。
酒場で
  • 兵士から古鉄・鉄板・竹を入手。
  • 大蔵真之進を雇う。
  • 大蔵真之進を雇った後、石山越忠を雇う。
  • 箱を届けて、国瓦長高を雇う。
  • 町民(赤)に話しかけると、山伏が慌てて出て行く小イベント発生。行き先は……
民家で
  • 息子の「平造」を探すように頼まれる。
倉庫で
  • 女の子から杜仲・なつめを入手。
武家で
  • 出陣前に藤の方から仏胴丸を入手。
居間で
  • 出陣前に杉の方に話しかけて運気+5。

 

合戦

銀山城主・武田元繁は、配下の熊谷元直らを引き連れて吉川領へ侵入し、すでに有田城を包囲していた。次は吉田郡山城をも落とそうという腹である。

 

窮地に立たされた有田城主・小田信忠は、吉川・毛利の救援を頼みの綱に、決戦を迎えようとしていた。

 

有田城が武田の手に落ちることは、何としても避けねばならぬ。元就は圧倒的な兵力差をも顧みず、出陣。これが戦国随一の智将・毛利元就の初陣である。

 

本合戦の4つの敗北条件
  • 元就が退却する
  • 毛利本陣が占領される
  • ターン数が40を超える
  • 有田城主・小田信忠が退却する

 

このうち、最もヤバいのが最後の「小田信忠の退却」。敵方・己斐直之の得意技「毒矢」の攻撃にさらされるので、籠城しているとはいえ、意外に脆いのです。※毒矢…敵の耐久力を奪った上、深手を負わせる。深手を負うと、耐久力が減り続ける。

 

したがって、主力の元就隊にプラス1部隊の騎馬隊をつけて、とにかく有田城救援に急行させます。ここはスピードが命です。

 

毛利元就,毛利隆元,吉川元春,小早川隆景,毛利輝元

 

貴様は火つけ盗賊か。無抵抗の村に火を放って略奪とは、武士の風上にもおけぬ奴!……と現代の感覚からすると、そう断罪したくもなりますが、当時はごく当たり前に行われていたようです。村人の側でも一方的に蹂躙されるばかりではなく、武士顔負けの武力をもって抵抗する場合も。

 

また、いくさが終われば、戦場に放置された死体を身ぐるみはがして金目のものをゲット、というのも日常茶飯事だったといいますから、この時代の人々ってたくましいというか何というか…。

 

福原広俊の進言にしたがい、出陣したら騎馬の快足を活かして(多治比の)村に急行。なるべく多くの村を熊谷軍の放火から守りつつ、アイテムを入手し、職人(樽岡源坐)を仲間にします。

 

出撃部隊は毛利元就・志道広良・福原広俊・口羽通良・児玉成忠・国司元相・飯田義武の7部隊。元就には市で購入した長柄槍(金450)を装備させていますが、他は無銘短槍と小型丸木弓が武器。志道(軍目付)は無銘短刀です。

 

第4ターンに相合元綱が坂広秀・渡辺勝・桂広澄を率いて登場。一応援軍ですが、大して役に立ちません。それどころか、血気にはやって敵の周囲に立ちふさがり、こちらの攻撃に邪魔になることもしばしば。援軍という名の敵軍かも……。

 

援軍といえば、攻略本『毛利元就 誓いの三矢』では、「7ターン目には敵の援軍として宍戸元源の軍勢が毛利本陣のすぐそばに出現する」とありますが、宍戸軍は現れませんでした。何か条件があるのかもしれませんね。

 

第二の橋の手前で熊谷元直軍と激突。

 

熊谷元直 「毛利の若造が! でしゃばらず、城にいれば良かったものを」
毛利元就 「やかましい! 火つけ盗賊がほざくな!」

 

もちろん、こんな台詞はありません。その元直を連携プレイで撃破。

 

実はここからが重要でして、あまり第二の橋に近づきすぎないこと。橋から東(右)へ2区画以内に近づくと…

 

己斐直之 「毛利の軍勢が迫ってきたようだな。拙者は有田城を落とす。香川殿は毛利勢を迎え撃ってくだされ」
香川光景 「承知した」

 

…となって、待機していた香川光景軍が南下してきます。

 

問題は、香川軍の槍部隊が得意技の「馬止め」を使うこと。橋のたもと(出口)でこれをやられると、先陣を切っていた自軍騎馬部隊の動きが封じられ、後続部隊も橋を渡れなくなります。

 

そうなると、有田城救援は間に合わなくなり、アウト。「不動破砕薬」を使うと「馬止め」を解除できますが、この薬はストーリーが先に進まないと入手できないようです。

 

したがって、ここは橋から3区画の位置でいったん待機しておき、一気に橋を駆け抜けるのが良策と思われます。

 

毛利元就,毛利隆元,吉川元春,小早川隆景,毛利輝元

 

第二の橋を突破できれば、あとはさほど苦労することもありません。

 

有田城に群がる己斐軍を撃破したら、いったん東に引き返し、後続部隊と共同して香川軍を挟撃。香川軍を一掃したら、全軍をまとめて南下、いよいよ武田軍の本陣を攻めます。

 

相合元綱指揮下の渡辺勝とか桂広澄とかが勝手に突出して敵の餌食になりますが、それらを横目で見ながら、適当に距離をはかりつつ接近していけば、敵部隊を簡単に各個撃破できるはず。最後に武田元繁隊を包囲殲滅して…

 

毛利元就,毛利隆元,吉川元春,小早川隆景,毛利輝元

 

毛利元就、見事に初陣を飾りました! 合戦終了時の元就のレベルは5です。

 

ページの先頭に戻る