「毛利元就 誓いの三矢」の攻略はこちらで

合戦情報記事一覧

有田中井手の戦い

背景「有田中井手の戦い」は、元就21歳の初陣として有名ですが、背景を語る上でキーパーソンとなるのが、大内義興。周防・長門以下7ヶ国を領する名門守護大名ですね。しかし、足利将軍家を中心とする中央政界のいざこざに巻き込まれ、というか自らいざこざの中に入り、1508年(永正5年)以降、管領代として京にとど...

≫続きを読む

 

鏡山城の戦い

背景鏡山城はもともと周防・長門の大内氏が安芸支配の拠点とするために築いた城です。しかし、安芸国が大内氏と出雲・尼子氏との抗争の舞台になると、この城もたびたび争奪の対象となり、そのつど所有者を変えてきました。そして1523年(大永3年)6月、大内義興が筑前国で発生した争乱を鎮めるために出兵した隙をつき...

≫続きを読む

 

相合元綱誅殺

背景当主・幸松丸急逝後に起こった毛利家の家督争い(毛利元就 vs 相合元綱)ですが、元就のブレーンである志道広良の活躍によって、結果的には重臣全員一致で元就が当主に選ばれました。対抗馬の相合元綱を推した坂広秀と渡辺勝(親尼子派)も、7月25日付の元就宛連署状では、それぞれ3番目と4番目に署名していま...

≫続きを読む

 

佐東銀山城の戦い

背景鏡山城などを奪われた大内氏は、1524年(大永4年)5月下旬、尼子経久が伯耆国に出陣している間を狙って反撃に転じました。2万余騎の軍勢で岩国永興寺に陣を構えて安芸侵攻を開始。まず、尼子方の桜尾城主・友田興藤の配下である大野弾正を内応させて門山城を攻略し、ここに本陣を移しました。戦いの経過「安芸の...

≫続きを読む

 

郡山合戦

背景安芸の一国人に過ぎなかった毛利元就が、戦国大名として雄飛する第一歩となった戦いです。戦いの背景については、従来、元就が大内氏に帰参したことに対し、これを裏切りとした尼子詮久(後に晴久)が、元就を討伐するために安芸に遠征し、起きたものとされてきました。しかし、最近の研究によってこの通説が覆され、尼...

≫続きを読む